2001年5月18日
投稿者 佐音友俊
『特撮談義2』
日本とアメリカを比較して不思議なのは何故、アメリカ映画には怪獣特撮がないの
だろうということだ。とにかくでかい怪物による派手な都市破壊というスペクタクル
は邦画の独壇場である。日本では憲法九条の関係で派手な戦争娯楽物は作れないと言
う事情があるので、その腹いせに「怪獣退治と言うことなら存分に協力しまっせ。」
という方便があるのかも知れない。いや、多分そうなのだろう。嬉々として自衛隊が
活躍していた「ガメラ2」などはつくづくその証拠であると思える。その点、アメリ
カ映画は冷戦期は東側、その後は中東と敵を求め続けている。反戦を叫ぶ映画もある
が、戦争を娯楽とした映画も多い。現実の仮想敵国に敵国らしさが欠けてきても宇宙
にまで敵を求めて、フロンテアスピリットとかいう侵略主義を広げてしまったりす
る。
宇宙で出合うのはエイリアンだったりバグだったりするが、絶望的に巨大な怪獣の
都市破壊という構図にはとんと巡り会わない。「ゴジラUSA」におけるゴジラはただ
のでかいトカゲだったし、「ジュラシックパーク」の恐竜も所詮でかい猛獣に過ぎな
い。もともと洋画の怪獣はトカゲに棘をつけただけだったり、虫を大きく撮しただけ
だったり夢のないことおびただしい。どうもハリウッドは人知を越えたスーパーモン
スターはお気に召さないらしい。およそ火を吐くとか、まして光線を出すなどもって
の他なのか。人間が倒せないという生物などは設定自体がバットなのかも知れない。
アメリカのスーパーヒーローもほとんどは人間。スーパーマンはクリプトン星人だ
があれは移民してきた異邦人なのであって、軍役について国籍を得たかはしらない
が、今では立派なアメリカ市民である。スーパーマン以外は基本的に人間の勇気と科
学ですべてを解決してしまうわけだから、これぞ民主主義なのかも知れない。ウルト
ラマンや怪獣に守ってもらっている日本人の方が本当はどうかしているのだ。ウルト
ラセブンの戦闘能力はアメリカ海軍第七艦隊と同等というの設定は憎いところを突い
ていると言うべきだろう。日本人にとってはウルトラマンや怪獣はアメリカなのかも
知れない。
巨大ヒーローなどを出さなくとも自分たちが巨大ヒーローに匹敵する力があると
思っているから、巨大ヒーローは必要ない。また自分たちが倒せない敵はないと頭か
ら信じているから、人間が倒せないと言う生物、すなわち怪獣の存在は認めない。だ
から怪獣による都市破壊なんて全くのナンセンス、企画会議も通らないに違いない。
つくづく円谷英二は偉大だったというべきか。いや彼の名前で代表される多くのス
タッフがそれを成し遂げたのであるが、その遺産で今でも日本の映画界や子供たちは
恩恵を受けているのだから。むろん、ゴジラに先駆けてキングコングや巨大恐竜物は
あったにせよ、外国では怪獣物というジャンルは育たなかった。それを育てたのは円
谷たちである。
外国でどこまで本当に日本の特撮映画や特撮ヒーロードラマが子供たちの指示を受
けているのかはわからない。メイドインジャパンの文化がどれだけ世界で受け入れら
れているのかはわからない。でも、子供なんてのは世界各国、そんなに、変わるもの
ではあるまいと思う。ボケモンがイスラム圏で、ウルトラマンや仮面ライダーが中国
で問題視されたりしたというのも、むべなるかな。子供は国境を越えてこどもである
はずなのである。
特撮の話のはずが変な方向に行ってしまったなぁ。